彼女は何度も何度も、此方を振り向き、頭を下げて帰って行った。

 そういえば
 何度か顔を会わせる機会はあった筈だが、敢えて意識して彼女の顔をまともに見たのは今日が初めてだったかもしれないと総悟は思った。

 近藤がただひとり、と決めた女性

「いいんですかい」
 なにも言わなくて。
 特にこれといった感慨も無く、ただその後ろ姿を眺めていただけの総悟がそう言って傍らに目をやると、そこには未だ彼女の去って行った方向を名残惜しげに見ている近藤が居た。
「ああ、まあ今日はなあ」
 新八君も居る事だしなあと頭を掻いて呟きながらも、近藤は複雑そうな笑みを浮かべていた。
 そうして、暫しの後、言う

「俺たちも、帰るか」



かえりみち



「肩、貸してくれればそれで充分歩けますぜ」
 柳生一派との騒動(正確には神楽との、だが近藤たちはそれを知らない)で、足を骨折した総悟は当然歩く事が出来ない。
「だから、そんな事してもらわねえでも平気でさぁ」
 故にどうやって屯所まで帰るか、の方法で先程から近藤と問答していた。
「無理するな」
「…おんぶなんて、餓鬼みてぇで恥ずかしいでさぁ」
 俺もう十八ですぜ、と自分でもいまいち説得力に欠けてると思う抗議の言葉を呟く。
「歩けないんだから仕方ないだろ」
 いつまでも意地張ってんじゃねえよ餓鬼、と傍らで暫し二人のやり取りを静観していた土方にそう言われ、総悟は忌々しげに土方を睨み付けた。
「好い加減日が暮れちまうだろーが、ちったあ言う事聞け」
「うるせーよ、黙れィ土方」
「なんだとコラ」
「まあまあトシ。な、総悟遠慮するな」
 ほら、と自分の目の前でしゃがみ込んで背中を出されれば、それ以上矜持を張る訳にもいかず、結局総悟はおずおずと手を伸ばして近藤の背中に身体を預けた。
 よっと、という掛け声と共に身体が浮く感覚があり、そのままおぶられた。


 体格の良い近藤の背中は大きい
 其れはずっと、総悟が子供のころから憧れていた背中だ


「お?重くなったなあ、お前」
 総悟をおぶって歩く近藤が、心なしか嬉しそうにそう言って笑う。
「何時と比べてるんですかぃ」
「ああ、こうやってお前をおぶるのも随分久しぶりだもんなあ。昔はよくこうやって三人で歩いたもんだなあ」
「あー…んな事もあったかもな」
「やめて下せえよ近藤さん、子供の頃の話でさあ」

 (子供の頃、か)

 そのころ、自分はおぶさるこの背中に追い付きたくて、今の土方のように隣に立ちたくて、その事しか考えていなかったように思う。
 その頃から今まで、ずっとそれだけを考えてひたすら懸命に走ってきたつもりだけど、少しでも追い付けたのか、それとも距離はますます広がってしまってるのか、それすら総悟自身には図れないでいる。

 (今更、だよなァ)

 (かんがえたって どうしようもない)

 いくら考えたって、早々に現状が変わるわけも無いし、変えられないものがあるのもよく知っている。
 たとえば、あとせめて五年はやく生まれていれば、もっと容易く欲しいものは手に入っていたのだろうかとか。それこそ子供の頃から幾度となく感じてた、そんな有り得ないような事。 そんな事をいくら考えても事実が変わる事などなく、決してどうしようもないということ。

「そーご、足、痛むか?」
「大した事ありやせん」
「屯所に着いたら山崎にでもちゃんと診て貰えな」
「へい」

 こうして、総悟は近藤に大事にされてると感じる事は、とても心地が良いと思うのと同時に、どうしようもない、焦燥感に似たなにかを感じずにはいられない。
 自分は近藤の中で、子供の頃からなにも変わっていないのかもしれないと。
 総悟が大切に思っているように、近藤たちもまた、自分の事を大切に思ってくれているのは知っている、分かっているのだ。それが分からない程自分は馬鹿でも子供でもないのだから。

(でも、そうじゃないんでさァ 近藤さん)

(俺が欲しいのは、それじゃないんです)

 優しい言葉も、案じてくれる想いも、無償で与えられてるものはたくさんあるけれど、いちばん願ってやまないものは、とても遠くに感じるのだ。

(情けねェ)

 こんな事を考えるなんて自分でも情けない、らしくないと思う。骨折で自由に動けないせいか気が滅入ってるんだろうか。

「ああ、そうだ」
 ふと、総悟をおぶって歩いている近藤が、思い出したように言った。
「今日はお前達が来てくれて助かったよ。有難な、トシ、総悟」
「最初に言ったろ近藤さん、俺は我を通しに来ただけだ、アンタに礼を言われる覚えはねーよ」
 その隣を歩いていた土方が何を今更、と言うように返す。
「そうでさあ、近藤さん」
 本当にあの女が誰と結婚しようと、それが本人の意に背いてようと何だろうと、幸せだろうと不幸だろうと、そんな事は総悟自身にとってはどうでも良かったし、今でもどうでもいいと思っている。多分土方もそうじゃないかと総悟は思う。
 でもほかの誰でもない近藤がそれを望まなかったから、近藤が彼女の幸せを願ったから、だから此処まで来た、少なくとも総悟にとってはそれ以上でもそれ以下でもない、ただそれだけのことだ。
 どんな事でもいい、近藤の力になりたいだけなのだ
 今も昔も変わりなく。

 自分には剣しか出来ないのを知っているから、ならばそれだけでもいいから。

「まあ、そうかもしれないけどな、俺は凄ーく嬉しかったんだよ。ああお前たちが居て良かったなあってな。今更だけど」
「ほんと、ですかい?」
「ああ!柳生にも誰にでも、自慢したい気分満々だぞ。二人とも強いし、頼りになるし、いいだろうってなあ。今ここで思いきり叫んでもいいくらいだぞ」
「…其れはやめてくれ、恥ずかしい」
「なんだー?トシは照れ屋さんだなあ」
「そういう問題じゃねえ」
 人通りが無い通りを歩いているとはいえ、一応此処は街中だ。しかも大の男がゾロゾロと満身創痍の体で歩いているだけで異様な光景なのだから、そんな事をしようものなら確実に不審人物扱いだろう。付け加えれば、止めでもしなければ近藤は本当にやりかねないという事も知っている。
「いいじゃないか、なあ総悟?」
「俺も、それはちっとどうかと思いますぜ近藤さん」
「なんだよ、二人ともつれないなー」

 (あ、ヤバいかも)

 気を付けなければ柄にもなく口元が緩んでしまうんじゃないかと思い、総悟は近藤の肩口に顔を押し付けて誤魔化した。

 (だって)
 (このひとに誇って貰えるのは、すごく嬉しい)

「なんだ、どーした?総悟、どっか痛くなったか?」
 総悟をおぶっている状態の近藤にはその様子は分からなかったが、隣を歩いている土方にはそれが伺えてしまい、思わず口元から苦笑が毀れそうになる。
「近藤さん」
「ん?」
「俺、腹減りました」
「はは、そうか。そうだな、じゃあ何か食ってくか、なあトシ」
「勿論、土方さんの奢りですぜ」
「はあ?俺かよ!つかなんだ勿論て!」
「なんでィ、ケチ臭いこと言うなってんだ土方コノヤロー」
「なんだとあんま調子乗んなよテメエ」
「まあまあトシ、そう怒るな」
「まあまあじゃねえだろ!だいたいアンタがいっつも甘い顔すっからこの馬鹿が付け上がンだよ」
「なぁに言ってんですかぃ、俺は土方さんの事は心底舐めてやすが近藤さんに関しては全く別でさぁ」
「テメエ言ったな、怪我してなかったらこの場で即叩っ斬ってるところだぞ」
「やれるモンならやってみやがれってんでィ」
「おーい二人とも、喧嘩は怪我が完治してからにしろよ」
 傍から見ればあまり穏やかでないやり取りだが、別段珍しくもないことなので近藤は気にも留めず、暢気な合いの手を入れる。
 近藤から見れば、これはこれで二人にとっては一種のスキンシップなのだろうと思っている。それこそ昔から幾度も飽きもせず繰り返されている光景なのだから、あながち外れてはいまい。
「へーい、近藤さんがそういうなら今日のところは大目に見てやりまさあ」
「それはこっちの台詞だコノヤロウ」

「…ったく」
 うっかりさっきの総悟の様子を微笑ましいと思ってしまった自分を土方は心底悔やんだ。
 総悟が可愛気というものを向ける人種はごくごく限られており、少なくとも自分は確実にその範疇に含まれて居ないのは良く知っているというのに、どうかしていた。
「だいたいテメー、今日は堂々仕事サボりやがって。戻ったらその倍キッチリ働いて貰うからな」
「げ、マジでか」
「あー…、まあ其れは仕方ねえかな、あ。が、頑張れよ総悟」
 せめてもと、土方が半ば悔し紛れに言ってやると、嫌そうに顔を顰める総悟と、苦笑いをする近藤が居た。




 日はもう、西へと暮れている
 きっと明日からはまた殺伐とした、いつもと同じ日常だと、誰も何も言わずとも感じていたけれど。


 でも 今日くらいは




 2006.9.18



 近沖土というか、総悟近藤さん大好き独白というか(恥ずかしい)。
 途中からよく分からなくなってきて最終土沖みたいになってしまった…何故。
 さ、三人っていいですよ、ね?
 あくまで総悟の近藤さんへの感情はお父さんとかお兄さんとかを慕う感情みたいな。
 総悟は超絶シスコンブラコン属性で、最上位は常に姉上と近藤さんという事で。
 ミツバ編の前は、総悟はまだ近藤さんとトシに対してあの子供っぽいコンプレックスを持ってるのかと思うと凄い可愛くて萌えれます。