血にその身を染めている時の彼は、『自分』というものが酷く薄くなっている、と感じる。
 昨日より今日、今日より明日と
 少しずつ、確実に

 そして何時か、『彼』は今の彼とまるで違う存在になってしまうのではないかという、錯覚。





逢魔の





 江戸の街中で捕物があった。

 それは自分達にとっては日常のことだ




 また誰かが死んだのだろう








 夜半
 捕物のあった現場には、まだ何所かしら血の匂いが立ち込めていたが、少しずつ静けさを取り戻そうとしている。
 その現場の少し離れた場所で、山崎はパトカーの扉に凭れている蜂蜜色の髪を見付け、声を掛けた。
 
「沖田隊長、お疲れ様です」
「おう、山崎。お前も夜勤だったんかィ、ゴクローさん」

 声に気付き、こちらに向かってひらひらと手を振る少年。彼を見て今日の捕物は一番隊が出撃していた事を思い出す。
 その少年、沖田の顔を見遣って山崎は眉を顰めた。
 沖田の顔をまるで彩るかのように付着しているあかいもの
 考えるまでもなくそれが何なのか分かる。
「隊長、顔に」
「ん?ああ、こりゃただの返り血だぜィ。なんでもねェよ」
「ちょっと待って下さい」
 そう言うと山崎は隊服のポケットからハンカチを取り出して沖田の顔に付いた血を拭おうとした。
「ああ、いいって別に」
「駄目ですよ、ホラ動かないで下さい」
 それを擽ったそうに身を捩らせて逃れようとする沖田にやや強い調子で言うと、沖田は不思議そうな表情をして山崎を見る。
「なんだィお前、こんなん今更気にしたって仕方ねえだろィ」
「いいですから」
「ったく、しゃーねえなあ」
 引かない山崎を本当に仕方が無いとでも言う様に、やれやれと肩を竦めて大人しく沖田は山崎のするままにさせた。
 誰のものか分からない紅い血は、沖田のやや白い肌の色に映えてぞくりとする程美しく見えて、まるで異形のものに対するような畏れを感じると同時に惹き付けられるようだった。

 それは、普段の彼からは決して感じることの無いもの。


 恐ろしいと心の何処かで感じると同時に、酷く惹き付けられる。
 魅了されるとでも言った方が近いのかもしれない。
 山崎が、この畏敬とも畏怖とも言えるような感情を沖田に対して抱くのは、今のように他者の血に染まった彼を見た時だけだ。
 誰かの血を見る事など自分達にとっては珍しくも無い事で、本来なら今更それをどうと感じる筈もない。山崎自身そんな感情を抱くのは沖田に対してだけだった。

 この、『自分』というものが酷く薄らいでると感じる時の彼に対して、だけ


「もういいかィ?」
「ええ、落ちましたよ」
「ん、そか」

 ふうと息をついて、沖田はううんと伸びをした。
 血を拭い終えた沖田からは先程までの身震いするような気配は消え、代わりに何処にでもいそうな年相応の少年の顔が見て取れた。
 それを感じ、山崎は心の中で安堵の息を付く。

 彼は幾つになるのだったか
 確か十七かそこら、それこそ子供と言っても何ら差し支えはないような歳の筈で。
 むしろ普段の、今のような血生臭い隊務から離れた時の彼はその歳以上に幼いところがあるように感じる。
 そんなとき、ふと思わずにはいられない。

 どうして、彼は此処に居るのだろうかと

 愚問だと思う。

 沖田は真選組の中でも一番年若く、唯一の未成年者ではあるが、それ以前に組の幹部だ。山崎が入隊した時には既にそうで、それは真選組結成当時からだと聞く。
 一番隊隊長の名に相応しく剣の腕も真選組随一のもので。そんな彼に『如何して』なんて思うこと自体が可笑しいのだろう。
 それでも、そう思わずにいられないのだ。
 山崎は決して剣の腕が立つと言う訳ではないが、それでも思う。沖田の剣は確かに恐ろしく強いが、それと同時に危うさがある。
 それはまるで

 なにか、ほかのものをひきかえとして強さに変えているような

 馬鹿げていると思うけど、何故だか否定も出来ない。




「…沖田さん」

「ああ?」

「大丈夫ですか」

「何が」

「いえ…、その、どこか怪我とか」

「まさか。大丈夫に決まってんだろィ。あんな雑魚にやられるようなヘマはしねーよ俺は」

「はは、そうですよね」


 何でもないことのように笑う、蔭りの感じられない表情。


 人を斬ることをやめたほうがいいなんて、そんな事言えるわけが無い。
 口に出したら、その言葉は何よりも彼にとって残酷に響くだろう。
 沖田は口に出した事こそは有りはしないが、その危険な隊務を全うする事こそが自分の存在意義だとでもいうかのように考えてる節がある。
 その様は傍から見る者には危うげで、酷く切なく映るものだった。
 自分の思い過ごしでなければ、恐らく土方も近藤もそれは感じているだろう。否、自分よりも彼らの方が遥かに沖田との付き合いも繋がりも長く深いのだ、それこそ本当に沖田が子供の頃からの付き合いだというのだから、そんな二人が何も感じて無い訳はない。
 そしてきっと、自分と同じようにこの漠然とした不安を感じているのではないか。


 でも真選組は沖田のその力を必要としている。それは確かな事実なのだ。
 圧倒的なまでの、人とは思えぬような迄の剣の才、一遍の迷いも無く剣を振るうその腕を。
 それこそ、代わりになる者など何処にもいやしない。


 その本当の姿はただの、何処にでもいそうな子供だったとしても。




「山崎さァ、いつも訊くよな。大丈夫かって」






「なにがそんなに不安なんだィ?」





 何気無く訊かれたその一言に、一瞬言葉が詰まった。
 其の、この国の人間にしては随分と色素の薄い眼は、まるで自分の中の不安をなにもかも見透かされてるように思える。


「いいえ、なんにもありませんよ」
「ふぅーん、変な奴」

 けらけらと笑う沖田は、年相応の少年にしか見えない。
 そんな彼が人を殺め、その身を血に染めるたび、少しずつ、ほんとうに少しずつだけれど、その存在が薄く儚くなっていく気がして仕方がなかった。
 そして何時の間にか、彼自身は其れに気付かない侭、まるで違う存在に成り果てていってしまうのではないか。



(貴方が、)



 人が死ぬ事よりも何よりも、自分が恐れているのはきっと






(何時か 『あちら』へ行ってしまうのではないかと)





2006.11.01





 山+沖というか山→沖…?相変わらず矢印か足し算にしかなりません(爆)
 山崎は総悟の事を気にかけて世話を焼いているといいなあという希望と妄想。
 総悟も比較的素直に世話を焼かれているといいなという希望と(以下略)
 『鬼こごめ』もコレも当初のイメージはわらべうたみたいな、無邪気っぽく残酷な感じの…?
 ネタメモにあったものに色々付け足したら、予定とまるで違うものになってしまいましたが…orz

 ところで、真選組の隊服(平)ってポケットって存在してるんでしょうか…。