その日、真選組は一つの組織を壊滅させた。
 それは煉獄関という、裏社会の社交場だった

 目の前に居る、いつも瞳孔が開き気味の上司はなにか言いたそうだな、と沖田は思う。
 無理もない、そもそも自分が黙って動いたりしなければこのような騒動にはならなかった筈なのだ。
 きっと『如何してこんな事をしたのか』と問いたいのかもしれないと思うけど、結局土方は何も言わずにそのまま歩き出した。
 沖田も黙ってその後を同じ速度で歩く。



 そういえば
 土方には一人で勝手な事をするなとか、少しは大人しくしてろとか、そんな風にはよく咎められるが『如何して』とは一度も訊かれたことが、なかった。

 だから今まで考えずにいられたのかも、しれない



 (どうして、俺は)






雛と巣






 同じ速度で歩き続けている土方と沖田の距離は縮まない。だけど広がりもせず、一定の間隔を保ったままでいる。
 後ろを歩く沖田からは、土方の表情はみえない。
 怒っている、という訳ではないのだろう。大体発端は確かに自分にあるとは思うが、最終的に組をあげての騒動にまで発展させたのは土方の方なのだ。


「土方さーん」
「なんだよ」
「俺ァ、どうしてこんな事したんでしょう、ねえ?」
「…俺が知るわけないだろうが」
「ん、まあ、そうですよねィ」

 尤もだ、と訊ねた沖田自身もそう思う。

 其の侭土方は振り向きもしないで、また無言で歩き続けた。
 それに倣うかのように、沖田も今度は無言で歩きながら、目の前の土方の背中を見詰めて考える。


 (まあ、確かにそうなんですけどね)


 如何して、自分はあの組織に手を出したのか。
 勿論、気に食わなかったから。というのがあるけれど、でも

 今回の一件に限らず、この世の中は決して奇麗事だけでは済まない事があるという事も、沖田は既にうんざりする程知っていた筈なのだ。
 この仕事をしている以上、世間の裏や汚い部分も否応無しに見ることは間々あることで、いちいち騒ぎ立てるような事ではない。
 たとえどんなに嫌悪したとしても、綺麗で真っ直ぐなことだけで構成されている世界なんて在りはしないのだ。そんな事はもう充分過ぎるほどわかっている。そういう世界に自分達は生きているのだということも。
 綺麗過ぎる水には、魚が住めないのと同じようなものだろうか。

 じゃあ何故?

 あの道信とかいう男に同情したからではないのは、確か。
 あの男は鬼道丸という名を持つ人斬りだった。
 だからあの男自身決して平穏な最期を迎えられるなんて思ってなかっただろう、当然その覚悟はしていたに違いない。
 人を殺めればそれと同等、又はそれ以上の業を背負うなんて事は分かりきっていることだ。それは自分たちも同じことなのだから。
 自分は今真選組という組織に居て、だからこそ幕吏として『幕府の為に』という大義名分の下で動いていられる。そうして今迄一体何人の人間をこの手て斬ってきたのかは、もう既に沖田には分からないが。
 しかし結局のところは身を立てる為に人を斬っている訳で、つまり其れを生業としているという点では彼等も自分も大差無いと思う。
 尤も、こんな事を口に出したら近藤や土方は怒るかもしれないが。
 沖田は幕府も将軍も信用はしていない。
 事実、嘗てこの国の為に天人と戦っていた攘夷志士達が現在は反乱分子として追われる身となってしまったように、何時自分達が逆賊として追われる立場になったとしても、決して不思議ではないとすら思っている。

 ああでも

 自分達の行っている事が正義かそうじゃないかなんて、大した問題じゃないのかもしれない、とも思う。
 少なくとも自分にとっては、だが。

 たとえば
 たとえば、だけれどももし自分達の立場が今と正反対になったとしたら今自分達の行っている事はきっと『悪』とされるのだろう。それにどんな理由や信念を持っていたのだとしてもだ。
 じゃあもしそうなったとしたら、自分はどうするのだろう?

 近藤や土方の行うことが、真選組という組織が道理に反しているとされたら、自分は。


 (ああ、もしかしたら)




 そこまで考えてふと思う。

 あの男には子供がいた。
 勿論その事は彼の事を調べていた沖田は知っていた。
 そして煉獄関で稼いだ褒賞はその子供等を養っていく為に使われていたという事も。
 『道信』という男は『鬼道丸』という名を持つ人斬りで、たくさんの人間を其の手で殺め、そうして生きていた。だけどその彼を『父親』として必要とし慕っていた子供がいたのだ。
 悪人であろうとなんであろうと、自分達にとっては掛け替えのない存在だと必死に訴えていた子供たちが。

 決してあの男に同情はしているわけではない
 まして助けたいと思ったわけでもない

 でも

 どんなに血に染まっていたとしても、それが正義じゃなかったのだとしても。
 そのひとを必要とするものの前では正しきことで、世界のすべてに等しいことがあるのを沖田は知っている。
 だから道信が人斬りだったのだとしても、悪と評される事を行っていたと、それを知っていても、あの子供達にとっては道信という男は唯一の存在で、それが世界のすべてに等しかったということも。
 必要なのだ、だからその存在は正しきことで。
 誰が、世の中が何と言ったとしても、そんなものはあの子供たちには関係なかったのだ。





 (あ、そうかァ)





 同情ではないのだとしたら、此れは

 同調 だったのかもしれない






 ただひとつの手が、存在が唯一ですべてであるということ
 それを自分もよく知っていたから

 だからその存在が、消えてしまわずにすむようにと




 助けたかったわけでは、ないのだ
 ただ


 自分もあの子供たちと同じ想いを持っていた、だから





「オイ」

 掛けられた声に傍と気付いて顔を向けると、何時の間にやら歩を止めた土方が目の前に立っていた。
 手が伸びてきて、髪をくしゃりと撫でられる。
 その仕種はまるで子供扱いされているようで、正直沖田は気にくわなかった。

「あんま考え込むな。オメーは只でさえ頭の出来が良くねえんだからよ」
「はあ」

 あんまりな言い草だなとも、そもそも考えさせたのはアンタですよとか、文句のひとつふたつでも言ってやろうかと思ったが、思考することが得意では無いという事は、沖田自身も自覚のある事ではあったので、何も言わなかった。
 その代わりに、乱された髪に手をやりじっと土方の顔を見つめる。

「なんだよ」
「じゃあ」
「あ?」
「土方さんが考えて下せェよ、俺のかわりに」
「…なんだそりゃ」
「俺、アンタの言う通り考えるのは苦手なんで。うん、その方が合理的ってヤツでさァ」
「お前、合理的って意味分かって言ってんのか」
「ええ、俺がやった事を土方さんが考えて後始末するってことでしょう?」
「全然違うわァァァ!」




 父親を、ひとつの手を失ってしまったあの子供たちはこれからどうなるのだろう。
 いつか雛が親鳥から巣立って行くように、別の世界を見付け、そうして乗り越えて生きていくのだろうか。



(でももう、俺は)


「土方さん」
「ああ?」





 きっと

 これから先自分は此の場所以外に巣を見付ける事は出来ないだろうから。
 誰が何と言おうと、自分にとってはすべてなのだから
 失いたくなければ、全力で護っていく

 分かっているのは、ただそれだけのこと。



「真選組、潰させねえで下せェよ」
「…当たり前だろうが」
「ええ、頼みますぜ」






(きっともうアンタ達の手しか、取ることが出来ないんでしょう?)

(ねえ、如何してなんでしょうね。本当に)








 何時の間にか 其れは 当然で必然の






2006.11.13





 実験的な試みだった土方と沖田の会話。
 …だった筈なんですが、何故か沖田さんの思考話になりました。謎。
 煉獄関の一件に関しては、実際総悟は何を思って行動をしていたのか気になるところです。
 こういう事を考えていたのかどうかはまあ疑問ですけれども(…)。。