「悔い改めるっていうのは、そんな善いモンなのかねィ」
「は?」

 時々、目の前にいる少年は、あまりにも突拍子も無いことを言う。
 その度、自分はそれにとても驚かされるのだ。





白い福音




 彼は、不可思議なひとだと 思う


 よく直属の上司である土方は、沖田の頭は空っぽだなどと言うが山崎にはそうは思えない。
 確かに頭脳明晰かと問われると何とも言い難いが、不意に彼が口にする言葉や問いは驚く程鋭かったりするので、山崎は返答に窮する事も少なくないのだ。
 それにしたって、今の言葉は一体どういう意図の下で言われたものなのか、いつも以上に山崎には皆目見当が付かず、どう反応したらいいのか考えあぐねた。

「そう言うだろィ?『悔い改めよ』ってさ」

 山崎の困惑を他所に、白く息を吐き出しながら半歩前を歩く沖田は、更に言葉を紡いだ。
 今日の江戸は薄曇り、真冬並みの気温で身に染みるような寒さ。吹く風も冷たい。
 沖田の口元から出される白い息を見ながら、山崎は朝の天気予報で今夜は雪になるかもしれないと言っていたな、と思う。

「えと、誰がです?」
「切支丹の神さん、だっけか。確かそんなん」
「ああそれでー。…て何で急にそんな話になるんですか」
「だってアレだろ、クリスマスって奴ァその神さんの誕生日なんだろィ?」

 今の時期、江戸の町中に鏤められているクリスマスの装飾。それらを見ていたらなんとなくそう思ったのだ、と沖田は言った。

「はあ…」

 先程の不可解な言葉の大元は窺い知る事が出来たが、それにしても
 町中の色とりどりの装飾品や電飾を見ても伺えるように、江戸の町の其れは宗教的な意味合いよりも祭り的な要素の方が遥かに強い。その町の様子を見て、そういう発想に至るあたり、矢張りこの少年の考えは自分には想像も付かないなと山崎は思う。

「なァ、山崎はどう思う?」

 ふわりと蜂蜜色の髪が揺れて、朽葉色の目がこちらを見た。
 恐らく沖田は本当に『そう思った』から口にし、たまたまその場に居合わせた人間に問い掛けているのだろう。
 だから特に自分の答えに何かを期待している訳ではないのだろうが、いつも彼の問いに応えるのはある種の緊張が走る。
 沖田の目を見ると、彼には下手な誤魔化しも嘘も通用しないような気にさせられるからだ。

「そうですね…俺もそういう事はよくは知りませんけど、切支丹の教えだと死ぬ前に今までの行いを悔い改めれば罪を赦されて天国に行けるとか、そういう話は聞いた事ありますね」
「ふぅーん」

 訊いておいて興味があるのかないのか、沖田は相変わらず読めない表情で山崎の言葉に相槌を打つ。
 そういえば以前、沖田との会話で『神は存在すると思うか』なんていう話題になった事があったのを思い出す。確かその時は真選組内で幽霊騒動があった折で、神仏に限らず俗に言う『非科学的』なモノについてどう思うか、とかそんな他愛もない話だったのだが。
 その時沖田からは、てっきり神なんてものは信じてないという返答が返ってくると予想したのだ。けど違った
 確かに肯定もしなかったが否定もせず、ただ『いるのかどうか、生憎と俺も周りでも見たことある奴は居ないんだよなァ』なんて、掴みどころのない言葉を呟いたのだ。

「ほんとーに『悔い改め』れば、その神さんはなんもかも赦してくれるんかねェ。俺達みたいな連中でも」
「さあ…どうなんでしょうね。俺も聞き齧った程度しか知りませんから、本当のところはどうなのか分かりませんけど」

 沖田は特に感情が篭ってる訳でもなさそうな、淡々とした調子で言葉を繋ぐ。
 そんな沖田の言葉に、何と返したらいいのか上手い言葉を見付けられず、山崎は曖昧な笑みを浮かべることしか出来ない。
 ほんとうに沖田は何を想っているのか。その思考が山崎には読み切れないのだ。
 監察という職業柄、山崎は人の思考や意図を汲み取ることには常人よりも幾らか長けていると自負しているが、それでもこの少年だけは未だに掴みきれないし、分からない。仕事上の関係とはいえ幾許かの年月を共に過ごしている筈なのだが、それでもだ。
 正直、沖田に比べれば副長の土方の方がずっと分かりやすい性分だと思う。

「んー、そうだなァ」

 沖田はふと足を止めて首を捻り、空を仰ぎ見る。
 山崎もつられて上を見るが、その先には何があるわけでもない。薄暗く曇った空が見えるだけだ。

「でもそれが神さんの教えだってんなら、やっぱ俺ァ極楽には行けねえやな」
「え?」

 空を見たまま沖田はぽつりと呟く。

「『悔い改める』ってのは、つまり自分のしてきた事を悔やんで、反省するってな事だろ?」
「まあ…大体はそんな感じですかね」
「なら俺、別に今までしてきた事後悔する気更々ねえし」
「…」
「たとえば俺は山ほど人を斬ってっけど、それを最後の最後で『間違ってました、スンマセン』なんて言ったら、そんなん巫山戯てるよなァ?それじゃあ、斬られた奴等も浮かばれねえや」

 風が吹いて頬に当たる。
 そのピリピリとした冷たさは痛みにも似ていた。

「例え神さんに顔向け出来なかろうと、自分のやってきた事ァ間違っちゃいねェって、せめて自分では胸張って言えねェと駄目だろィ」

 与えることなどない、奪うだけの事を知った上で行ってるのだから、と。
 目の前の少年は、いつもと変わりない、他愛もないことを話すときと同じ調子でそんな事を言う。
 だから、いつも彼には嘘は付けず何も言えないのだ。きっと自分だけでなく、誰も。

 もしかしたら、土方が沖田に対しよく『何も考えてない』と毒突くのはそう思いたいからなのかもしれない。
 彼は、本当は何も分かっていない子供の侭なのだと、そう思って。


「あー、さっさと帰るかァ。寒くて敵わねえや」
「ちょ、待って下さいよもう」

 くるりと振り返って山崎を見た沖田は、薄っすらと笑みすら浮かべているように見えた。
 ひとり、さっさと歩き出す沖田を慌てて山崎は追いかけた。



 先刻の沖田の表情も声も、清々しい程に澄んでいて

 その様は、この冷たい空気にも似ていると思った。







 (本当は 貴方は) 

 (その手を汚す意味をきっとだれよりも よくしっている)






2006.12.17





 ナ ニ コ レ…!!

 え、えっと一度位は時節ネタをやってみたいなという動機のもと、だったんですが
 当初はクリスマスネタを狙ってた癖に、なんでこんな殺伐とした話になるのか疑問です。
 宗教的な思想が入る話はデリケートな内容だと思うので、アップするか否か迷ったんですが、あの…スイマセン。
 実はキリスト教とはそれなりに縁があるんですが、色々間違ってる気が凄いします。
 結局は沖田は沖田なりに考えて、色んなことに対して腹括ってるんだろうなあ、みたいな妄想が言いたいだけだったんです、が…。