泣く子も黙る武装警察・真選組。
 その屯所の集会室には、現在炬燵が置かれている。

 元々の組の備品として置かれていた物などでは勿論無い。
 先月の中頃だったか、風も冷たくなりはじめた折に、局長である近藤が自費で何処からか買い求めてきたものだ。
 近藤は寒くなって来たから皆が風邪などひくといけないから、と言っていた。隊士思いの近藤の事だから、それはその通りなのだろうけど、それと同時に自分が使いたいというのも同等にあるのだろうなと、監察方隊士の一人である山崎は推察していた。

 当然というか勿論というか、副長の土方は最初『仕事場にそんなもの持ち込むんじゃねえ』と息巻いていたが、局長自らが設置したものである上に隊士達には概ね好評な為、結局有耶無耶にされてそのまま現在に至っているのだが。


 中でも、特に気に入ってるらしいのが持ち込んだ張本人である近藤と、もうひとり





「沖田隊長」


 山崎が集会室に行くと、やっぱりその人物は炬燵に入っていた。
 机上に腕を組み、特徴のあるひよこ色の頭が突っ伏しているのが目に映る。

「沖田さん?」

 呼び掛けた声に反応が無いので、転寝でもしているのだろうと思い、物音に注意してそろそろと近付いてみる。
 そうして、そっと顔を覗き込もうとした瞬間を狙いすましたかのようにその人物は目を開いたので、山崎は心臓が飛び上がるかと思う位に驚いた。

「お、起きてらしたんですか」
「最初から寝てねーや。何でィ」

 気怠そうな表情で山崎を一瞥した沖田は、頭をほんの少し上げた。
 眠そうな顔だが、寝てなかったというのが本当だとしたら、いちばん山崎が驚く頃合を見計らって目を開けたのだろうか。いくらなんでもと思いつつ、沖田ならその程度の事は普通にやりそうだしなあとも思う。
 目の前の少年は物凄く譲歩して可愛らしい表現をすれば悪戯好き、ハッキリ言ってしまえば人というか、やや(かなり)意地が悪いのだ。伊達にサディスティック星から来た王子と呼ばれてはいない。
 まあ痛い目を見ない程度のことなら、彼のやらかす部類としては確かに全然可愛いものなのだが。

「あ、そうだ。沖田さん、蜜柑食べませんか?」
「蜜柑?」
「ええ。吉村の実家から送ってきたらしいんですよ、山程」
「ふーん」

 気を取り直して、山崎は両手に抱え持っていた篭を机の上に置いた。中には丸々とした蜜柑が幾つも入っている。これは山崎と同じ監察方の隊士からの御裾分けだった。


「隊長達にも分けてくれって言ってたんで、どうぞ」
「……」

 形の良い蜜柑をひとつ手にして目の前に差し出すが、沖田は相変わらず怠そうな表情でそれを見るだけで、手を伸ばそうとはしなかった。

「あ、ひょっとして蜜柑お嫌いでしたか?」
「いんや、そんな事ねえけどー…」

 言葉を濁して、沖田はまたくたりと顎を机に付く。
 その様子を見た山崎は、怪訝な表情をして首を傾げた。

「沖田さん?」
「なんつーか、皮剥くの面倒臭ェ」
「はい?」


 一瞬、呆れて思考と言葉が止まってしまった。

「面倒って…、それ程の事ですか」
「あー…皮剥いてあったら、食う」
「つまりそれは俺に剥けって事ですか?」
「べっつにー、そうは言って無ェだろィ」
「…言って無くても暗に匂わせてるじゃないですか」

 山崎は考え過ぎだ言い掛かりつけんな山崎の癖に、とかぶちぶち言ってる沖田に対してひとつ溜息をついてやった後、自分も炬燵に入り手にしてた蜜柑の皮を剥きはじめた。
 破れた皮と身の間から甘酸っぱい、柑橘系特有の爽やかな香りが漂ってきて鼻腔を擽る。

「全く、たかが蜜柑の皮剥きが面倒だなんて、物臭もいいところですね。沖田さん、万事屋の旦那に似てきたんじゃないですか?」
「しっつれーな事言うなってんでィ」
「それはどちらに対してです?」
「俺に決まってんだろィ」
「でしょうね」

 だらしなく顔を机上に付けた状態で、ぶつくさ文句を言っている沖田の様はただの子供にしか見えない。それも相当に我侭で厄介で手の焼ける部類の。
 これでも彼は一番隊隊長で、一度現場に出たら攘夷志士達に恐れられる真選組最強の剣士なんだよなあと思うと、ひどくそれが不釣合いに思えて可笑しいような、危なっかしいような気がした。
 それは、今更思っても詮無いことなのだけれど。

「はい、どうぞ」

 山崎は御丁寧に皮を剥いた蜜柑の白い筋まで取ってやり、ほんの少しの嫌味と冗談半分で房に分けた実を沖田の口元に差し出してやった。
 流石に馬鹿にするなと怒るかなと思ったが、黙ってじっとそれを見ていた沖田は、器用に首だけ動かしてそれを口に含んだ。
 山崎はぎょっとして、思わず出した手を慌てて引っ込めてしまった。

「…甘ェや」
「それは、良かった」

 もごもごと口にした蜜柑を咀嚼して飲み込んでから、ぽつりと沖田は呟いた。
 仕掛けたのは確かに自分だが、正直乗ってくるとは全く思ってなかった山崎は、不意を突かれた気分になり引き攣った笑いでそう返す事しか出来なかった。
 嗚呼、やっぱり彼は、酷く人の悪いこどもだ、と思う。

「も一個、寄越せ」
「はいはい」

 人の気を知ってか知らずか、目線だけ動かして山崎を見ながら沖田は次を促した。
 傍から絵面を見たら、大の男二人の構図としてはかなり寒い事この上ないなとは、思う。


 だからと言って拒否も出来ず、何故だか無意味に敗北したような気分で、まるで小鳥を餌付けてる図みたいだなあなんて思いながら、山崎は次の実を差し出した。







蜜柑と雛(みかんとひよこ)




2007.01.20





 捻りの無い上、真冬に寒々しい話でスンマッセーン!(逃)
 色々その…まったりほのぼのしたのが書きたかったんです、頭が疲れてたんで(私の)
 山崎は実際こんな白くなさそうなのが発覚してますが夢見がちな妄想でひとつ。