「副長サーン、お届け物でーす」



 ぱたぱたと廊下から軽やかな足音が聞こえて来る。
 その音に自室で書類に目をやっていた土方は顔を上げる。それとほぼ同時に部屋の障子戸が開いた。
 其処に居たのは、蜂蜜色の髪の子供。

「うっわ、相変わらず煙たい部屋ですねィ。壁、ヤニで黄色くなりますぜ」

 その子供、沖田は部屋に充満していた紫煙に顔を顰めつつ、それでもずかずかと部屋の中に入って来て勝手を言う。
 何時もの事だが一目瞭然で仕事中だと分かる土方に対して、一片の遠慮も無い様だ。

「放っとけ、いいから戸を閉めろ。寒い」
「へーい」

 見れば沖田は両手に何かを抱え持っていた。両手が塞がってるところを見ると、どうやら戸は器用に足で開け閉めしたらしい。
 別段土方は行儀作法に煩い訳ではないが、曲がりなりにも上司である自分に対してのこの態度は、少しでもいいから改められないものだろうかと、今更の事ながら内心溜息を吐いた。

「何の用だ」
「だから言ったでしょう、お届け物ですよ」

 そう言うと沖田は、手に抱えていた物を乱雑にその場に置いた。
 何かと思って土方がそちらに目をやると、そこには色とりどりに包装された箱やら袋やらが散乱している。

「…なんだこりゃ」
「今日は2月14日でしょう。バレンタインとか言う奴みたいですぜ。此れは真選組副長・土方十四郎様宛で屯所に届いた分でさァ」
「ああ…、今日14日か」

 言われて、はじめて日付の感覚が蘇る。
 ここ数日、土方は仕事に追われて自室に篭もりきりで、日付どころかそれこそ昼夜の区別が無い状態だった。そういえば目の前の子供の顔をまともに見るのも、久々だったように思う。

「大人気ですねィ、副長殿」
「うるせ、そんなんじゃねーよ」

 適当にひとつ手に取ってみれば、どうやら送り主は贔屓にしている見世の女からのようで、つまりは営業込みの義理という奴か。恐らく他も、会合や接待に使っている料亭やらなにやらの、同じような筋からの物であろう。
 沖田の言葉に明らかな揶揄いの響きが込められているのも、それが分かって言っているからに違いない。
 ほんとうに小憎たらしい子供だと思う。尤もそれは出会った頃からそうで、今に始まったことではないのだが。

「中身は調べてあるのか」
「へい、全部鑑識のチェック済みです」
「そうか」

 屯所に届く物は、基本的に中を改める事になっている。物騒な物が屯所に送りつけられる事も珍しくも無い為、対策としては妥当な処置であろう。
 職業柄、何時何処で誰から恨みを買っていたとしても何ら不思議はないのだから、多少は仕方が無い事ではある。
 それは土方に限らず隊士全員に言える事なのだが、それでも名指しでそういった物が送りつけられる率は、圧倒的に土方宛が多かった。

「残念な事に毒物・危険物の検査にゃ引っ掛かりませんでしたけどねィ」
「オイ残念って何だ、残念って」
「いや良かった良かった、安心して召し上がって下せェ」
「無視すんなコノヤロー。ていうか何勝手に開けて食ってんだテメーは」

 傍と気付けば、喋りながら沖田は手近にあった箱を勝手に開けて、既に中身を口に放り込んでいた。

「なんでェ、チョコの一個や二個でガタガタ言うなィ」
「そういう問題じゃねえだろ。…ったく」

 口を動かしながら悪びれる様子が微塵も無い沖田に、本当にこの子供の態度はどうにかならないのか、と痛切に思いつつも土方は諦めのような気分になる。


「ーまあいい。残りもお前にやる、持ってけ」
「え?」

 面倒そうに言いながら、土方は手にしていた箱を放り出した。
 こんな物は貰ったら貰ったで面倒だとしか思えない性分なだけに、特に有り難いとも思わない。まして単なる義理なのだから尚更だ。

「此れは全部土方さん宛てですぜ、いいんですかィ」
「俺はどっかの若白髪野郎と違って、甘いモンは好きじゃねえんだよ」
「若白髪?」

 それを聞いた沖田は、不思議そうな顔をして軽く小首を傾げたが、直ぐに誰の事を指してるか思い当たったようで、ああと言って頷いた。

「そうですねィ、確かに万事屋の旦那なら喜ぶでしょうけどねェ。あの人ァやたら甘党ですから」
「…」



『万事屋の旦那』

 沖田の口からその名前が出るのを聞いた途端、土方から無意識に舌打ちが漏れる。
 それはごく小さなものだった為、沖田の耳には届かなかったようだ。
 その事に安堵する一方で、只でさえ篭りきりで神経がささくれ立っているところに、より一層不快感を増す原因となる人間を、迂闊にもわざわざ自ら引き合いに出したことを土方は後悔した。

「用が済んだなら行け」
「なぁーに急にカリカリしてんですかィ」
「してねえ」
「無自覚ですかィ。タチ悪ィや」
「五月蝿ェ。俺は忙しいんだよ、さっさと行け」


 万事屋の主は、土方にとっては最早天敵とも言っていい位の相手で、元々思考の片隅に上らせるだけでも腹立たしくなる人間ではある。確かにそうなのだが、何故か沖田の口からその名を聞かされると、何時もより一際苛立ちが増すのだ。
 そうでなくてもこの子供は妙にあの男に懐いてるところがある。そもそもその点からして土方は気に食わなかった。

 その事を、やたらと勘の良い目の前の子供に悟られるのが嫌で、土方は沖田に背を向け再び書類に目を落とした。
 蓄積した疲労も相俟ってか酷く苛立ち、少しでもそれを紛らわそうと、懐から煙草を一本取り出す。




「土方さん」

 とんとんと、後から背中を小突かれる。


「ひーじかったさん」
「あぁ?なんだよ煩せ」

 しつこく小突かれるのに焦れて、堪らず土方が振り向くと狙い済ましていたかのように、沖田の手で何かを半ば強引に口の中に捩じ込まれた。
 反射的に口を閉じると、捩じ込まれた物を噛んでしまう。と、同時に口の中に濃厚な甘ったるい味が広がった。
 一瞬思考が混乱した所為か、それがチョコレートの甘さだと気付くまでに数秒かかった。 

「…テメッ、何すんだ総悟ォ!」
「アンタ隙だらけですねィ、此れに毒でも仕込んであったら今頃お陀仏ですぜ」
「な…っ!」
「なんて、冗談でさァ」
 
 その言葉に思わず咽そうになった土方の喉元に、沖田は手を伸ばしてぴたりと指先を宛がう。

「アンタを仕留めるのに毒殺なんて、つまらねえ手は使いませんよ。勿体無い」
「勿体無いってなんだァァァ!」
「どうせ殺るならこの手で仕留めたって、ちゃんと実感出来ませんと、ねえ?」
「せんでいいわァァ!!」

 息巻く土方を平然と受け流し、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべて、沖田は身体を離した。



「疲れた時には甘いモンですぜ、副長殿」

 そう言って抜け目なく土方の手元から煙草を奪い取ると、にんまりと笑って沖田は部屋を出て行った。
 他のは全てちゃっかり持っていったようだが、先程沖田が開封した食いざしのチョコレートだけは残されている。



「…畜生、なんだそりゃあ」

 残された土方は、行き場の無い気分で頭を掻く。

 口の中の物は既に溶けて跡形も無くなっていたが、その焼け付くような甘い味はまだ残っている。
 土方は新しい煙草に伸ばしかけた手を止めて、沖田の残していった箱に手を伸ばした。







甘い毒薬




2007.02.16





 バレンタインを過ぎたというのにバレンタインネタでスイマセン。しかも寒い。
 顔の割に土方も総悟ももててないみたいなので(オフィシャル設定?)、
 バレンタインとかチョコとか言っても、せいぜいこんなもんかなと(酷)。
 個人的に土方は総悟が銀さんに懐くのが気に食わないといいな!という妄想