毒々しい程に鮮やかな 真っ赤な空間で
 おなじ紅に身体を染めた侭、俺はひとり立っている


 俺以外にいきているものはなにもない 誰もいない
 さっきまでは他にも居た筈なのだけれど、全部俺が殺してしまったから

 足元を見れば、ぐんにゃりと曲がった
 半刻程前までは確かに『ひと』だった『もの』がいくつも倒れている
 無念そうにかっと見開いた両の眼はもう何も映していないし
 ぽっかりと開けた口は怨嗟の言葉を吐き出すこともないだろう


 俺はゆっくりと深呼吸をする
 咽返るような血のにおいも、既にすっかり馴染んでしまっていてなんとも思わない



 このままひとり此処に立っていれば そのうちアンタはやって来るだろう

 俺はそれを知っているから 
 真っ赤に染まった身体の侭、動かずにひたりと息を潜めてアンタを待っている





空言の海





 まだ真選組がその名前すらない、しょぼくてちっさい、ほんの駆け出しの組織だった頃
 近藤さんに、一度だけ聞かれたことがある


『辛くはないか』


 何を、とは言わなかったけれど
 指しているものかなにか分からない程、流石に俺も馬鹿じゃなかった
 そのとき俺は、鸚鵡のようにその言葉をそっくりそのまま返してみようか、と思った


(あんたたちこそ、つらくはないのですか)



 おなじように刀を持って
 違うものだけど、なにか確固たる志しを持った人間を斬る
 正しいか間違ってるか、善か悪かなんて、俺等には決められやしないような人間を

 俺が辛いかもしれないと思うということは
 逆に言えばアンタ方が『このこと』を辛いと、こころの何処かでそう思ってるからじゃないんですか、と

 そんなことを俺が口にしたら
 今度こそ近藤さんを本当に困らせてしまうと分かっていたから、何も言わなかったけど

 だから代わりに

『大丈夫、俺は平気でさァ』


 と、笑って答えた

 俺のこたえに近藤さんは安心したような、でも泣き笑いのような顔になって
 傍らにいた土方さんは、黙っていたけれど僅かに眉を顰めたのが分かった


 既に俺はそのころには人を斬るという事を覚えていて
 任務の度に両の手も身体も、ああ丁度今みたいに他人の血で真っ赤に染め上げていた
 もしかしたら近藤さんより、土方さんよりも一等夥しい、たくさんの鮮烈な紅色に染まっていたのかもしれない

 だって俺は組の誰よりも強かったし、誰が相手だろうとはじめっから何の躊躇いもなく刀が振るえたから



 案じる言葉は想われているからなのだ、とは思う

 きっと俺が認識している以上に、あのひとたちは俺の事を考えてくれているのだろう
 それは嬉しいし、有難いと思う反面、頭の片隅で妙に冷静に、酷く意地の悪い事もかんがえてしまう


 このひとたちは俺になんて言って欲しいのだろう
 なんと言えば安心出来るのだろうか、と

 このひとたちが望んでいるのは、大丈夫なんて言葉じゃなくて
 こんなのはもう嫌だ、やりたくないという言葉なのかもしれないとも思うのだけれど
 生憎、俺は此れが全然嫌でもなければ、やりたくない訳でもない
 ああ、そりゃあ殺らなくて済むならその方がいいんだろうとは思うのだけれど

 実際そういう訳にもいかないでしょう


 俺だって別に無差別に人を斬るつもりなんてない
 ただもう後戻りなんて出来ないことは誰の目からみても明白だ
 正直、江戸の治安だとか幕府や将軍を護るとか、忠義を立てるとか、そういうのは俺には全然さっぱりだし、大して興味も無い
 でも、頭の良くねえ俺に出来ることなんて剣しかないと思うからこうしてるし、別にそれは苦になる訳じゃない
 ここ何年かの間で、俺達は山程敵を作っちまったから、俺達を敵と見做した奴等は、見れば容赦無く刀を抜いて斬りかかってくる
 隊務じゃなくても、この目立つ隊服を着ておまけに帯刀していれば、こっちの意思とは無関係に向かって来る奴はごまんと居るし
 誰かに斬りかかれれば相手をしない訳にもいかないし、易々と斬られてやるつもりも毛頭無いけど、相手は大抵死に物狂いだから、上手く加減出来なくて斬っちまう事も珍しくない
 そんな事はもう日常茶飯事で、いちいち騒ぐ気もしない

 そして気が付けば、いつの間にかまた俺の手は真っ赤に染まっている
 それだけのことで、ただひたすら其れを繰り返してるだけだ

 明確で酷く単純な繰り返しだから、其処に複雑に思考や感情を巡らせる必要が俺にはない


 なのにどうしてアンタ方は、俺の手が紅く染まる事にそんなに思い悩むのでしょうね





「総悟!」


 髪から瞳から、何もかもが真っ黒の、綺麗な闇色をした男が俺を呼ぶ


「馬鹿野郎!何やってんだ、さっさと隊列に戻れ」


 ほら、やっぱりアンタは来たでしょう
 いつもいつも、こんな時はそうやって俺を探して、見付けて俺のところへ駆けてくる


「ひじかたさん」

 俺は、微笑ったかもしれない


 俺は知ってるんです
 今みたいに、こうやって血塗れの俺を見付けるたびに、其処に俺の血なんてただの一滴も含まれて無いと分かっているだろうに、それでもアンタはまるで自分が斬られたみたいな、酷く遣り切れないような顔をする
 それはほんの一瞬のことだから、気付けるのは俺と、あとはせいぜい近藤さんくらいのモンでしょうけど
 悪趣味だと言われそうですけど、俺はアンタのその表情は嫌いじゃなかったりするんです


「ったく、酷い面だな」

「はァ」

「ほら、ちゃんと拭け」


 首から外された土方さんのスカーフで、顔に付いていた返り血を拭われる
 真白いスカーフが紅く染まっていくのを、俺は黙って眺めていた

 そのままもう一度、足元を見る
 其処には俺が斬った、さっきまでは確かに息をして生きていた連中が、今はただの物になって転がっている
 眩しいくらいの白を、あかく染め上げているのは、こいつらの血、こいつらの命なんだとぼんやり思う

 俺が流させて、奪ったもの



 ひとを斬って、ころして、
 それこそよく聞く、『人生観が変わった』みたいな事も特になかった
 やっぱり今も、俺の世界はなにも変わらない

 俺の世界は、姉上と近藤さんと
 あまり認めたくないけど、もしかしたら土方さんとで構成されている
 我ながらとてもシンプルだ、余計なものはなにもない
 俺はちっとばかし、他の奴に比べて感情に乏しいところがあるみたいで
 乏しいながらも辛うじて持ち合せてる感情は、その構成されてるもの全部に注ぎ込んじまってるから、だから『このこと』に対してこんなに無感動なのかもしれない

 別に構わない
 俺のせかいには それだけあれば充分なんだから
 だから何もかわらない
 それ以外がどうなろうと、かわる必要も必然も ほんとうになにもない



「総悟」


 気が付いたら、土方さんの手が止まっていて
 その真っ黒な眼は俺をじっと見つめていた




「…お前、いま何考えてた」

「アンタのこと」


 呟くようにそう言ったら、土方さんは今度こそはっきりと誰にでも分かるくらいに、綺麗に整った顔を歪ませて、まるで痛みを堪えてるような表情になる

 そうして、まるで繋ぎ止めるかのように強い力で俺を抱き寄せた





 ねえ、知らないでしょう
 俺はアンタ達に嘘は吐かないんです


 俺の世界は至極単純だ
 姉上と近藤さんと、そしてアンタとで構成されている







(だから、他のものはなにもいらない)








2007.02.18






 『斬ること』が辛いとか本当は怖いとかいう沖田さんもいいなあと思うのですが
 さっぱり動じてないのもいいなあとか、急に思い立って妄想してみた代物。
 時間軸は銀さん達に出会う前のイメージです。
 近藤土方の、保護者的二人からしたら、弟分の状態に対して
 時々逆にやりきれなくなるんじゃないかとか、妄想甚だしいことこの上ないですネ!(…)