予定通りに上手く事は運ばないって、よく言うけれど。


 正に今の私の状態がそれ。

 今日は予定通りに問題なく物事が進んでいれば、今頃は屯所に戻って巡回の報告して業務終了、だった筈なのに。実際は未だに外で、鉄の臭いの充満している現場に突っ立っているのだから。
 ああ、巡回中つい指名手配のテロリストを見付けてしまった、自分の職務熱心さがいっそ恨めしい。


 今何時だろう。

 先刻携帯で永倉に連絡したときは、七時を少し回った頃だった。あれからせいぜい一時間くらいしか経ってないとは思うけど、わざわざ携帯を出してそれを確認するのも面倒だ。
 まだ騒然としている現場で、手持ち無沙汰な気分で肩を竦める。


「土方さん」

 私は半歩前に立って、周囲にあーだこーだと指示を出してる白髪頭に呼びかけると、彼は首だけ振り向いてこちらを見た。

「私、まだ此処残ってないといけないんでしょうか?」
「沖田ァ、お前は本当に堪え性が無いな。当事者なんだから我慢しろよ」

 私の言葉に天パの白髪頭は勘弁してくれ、とでも言いたげな顔をする。

 当事者、ですか。

 ええまあ確かに指名手配犯を見付けたのも、今のこの場を血濡れの惨状にしたのも私ですけどね。
 それにしたってこの人のその態度と言い方は、なんだか非難されてるようで少々心外だ。私はあくまで職務に忠実に仕事をこなしただけなのだし。ああ、別に褒めて欲しいとか言う訳じゃないけれど。
 大体あのホシがこちらの穏便な態度を汲んで、大人しくしてくれてれば話は早かったのに。往生際悪く無駄な抵抗をしたりするから、不本意ながらこっちとしても実力行使に出るしかなくなったのだ。だからホントに不可抗力。
 それに何をいってももう事が済んでしまったあとなんだから、実戦向けの私が残ってても正直大してすることなんてないのだ。

「堪え性とかアンタに言われたくないし。だって私九時から見たいドラマあるんですもん」

 間に合わなくなる、と業と口を尖らせて言う。
 事実ドラマの始まる五分前には準備万端でテレビ前にスタンバイしておきたかったのに、予想外の仕事で予定が大幅に狂ってしまった。
 ああまったく、ツイてない。

 それに、この場に長時間居ると(気のせいかもしれないけど)厭でも血の臭いが身体に染み付くから。だから屯所に戻ったらまず風呂に入るところから始めないといけない。
 もう馴れたとはいえ、やっぱりね。なにも好き好んで血の臭いなんて引っ付けておくものでもないでしょう。吸血鬼じゃあるまいし。

「まあ待て、あと検分終わったら引き揚げだから。もちょっと辛抱な」

 不貞腐れた振りをして、つまらなさそうに一瞥をくれてやったのが見えたのだろうか。
 白髪頭の上司は急に宥めるようにそう言うと、その私のものより一回り二回り大きい掌が軽く、ええ本当にごく軽く私の頭に置かれた。
 それは撫でるという程でもないし、叩くとか小突くというのもしっくり来ない、
 故に『置く』という表現がいちばんちかい、気がする。

 一瞬だけれど、その掌の動きが迷っていたのを私は見逃さない。
 多分土方さんの途惑いは、私が子供扱いや女扱いされるのを非常に好まない、というのが理由としてあるのだろう。

 頭を『撫でる』という動作は、むかし彼が私を宥めたりあやしたりする時に、よくそうしたものだから。


 土方さんは怠惰そうな見掛けとは裏腹に、賢明なひとだ。
 大袈裟なようだけど、現在私にとって子供扱い及び女扱いされるというのは、既に一種のタブーに近い。賢明なこの人は、そうすることで私の、ある意味誇りを著しく傷つける事もちゃんと知っている。
 だから、普段から極力それを表に出さないように努めているのだけれど。

 それでも、どうあっても抑え切れるものでもないようだ。
 

「仕方ないなァ、帰りは土方さんが車運転して下さいよ。私は嫌ですから」
「…ホンット偉そうだなお前は。分かったから大人しく待ってろ」


 土方さんは溜息のようなものを吐いて私から少し離れると、また何か大声で指示を出していた。
 忙しないことで、と他人事のようにそれを眺める。


 彼の、私とは全然ちがう、がっしりとした造りの広い背中を見て思う。




  (彼は私という存在を持て余している)



 そう思うのはほんの時たまだけど、それでもふとした瞬間に気付かされることだ。
 悲しいかな、けれどそれは仕方の無いことなのかもしれない、とも思う。

 流石に最近は子供として扱われる事は殆どなくなったけれど、どう足掻いたって私は生まれた瞬間から女である事だけは一生変わりないし変えられない事実なのだ。
 寧ろ子供である要素が減ってきた反面、女である要素は年月と共に強まってきているのだから、なんて皮肉だろうか。
 そう思えば、まだ男女の区別の曖昧な子供の頃の方が良かったのかもしれない。

 誤解しないで欲しいのは、別に私は女という性が嫌な訳ではない。
 確かに正直なところ男に生まれていれば、と思ったりは時折するけれど、でも私は女として生まれた故の特性や恩恵もきっと自覚している以上に与えられているのだろうから、上を望めばキリが無い。
 ただ、他でもない彼に『女』として扱われるのは、私としてはあまり望むべくところではないということなのだ。

 でも私がいくら女として扱われるのを好まないからといっても、私は男ではないのは確かで。
 なので、彼に私を他のムサ苦しい隊士連中と全く同じように意識して扱えというのは無茶な話なのだ、たぶん。
 土方さんはあれでいて結構な気遣いなので。どんなに男女の別なく対等にと努めてたとしても、完璧にそうするのは極めて困難に違いない。


 だから彼は私との接し方を時々計りかねて、酷く持て余す瞬間があるのだ。先刻のように。
 天下の真選組の副長ともあろうものが、そんなところで神経磨り減らしたって仕方無いでしょうに。

 −不器用なひとだ



「オイ」

 くるくるの厄介な白髪頭(本人は銀髪だと言い張ってる)の副長殿は、ふとこちらを見たかと思うと、なにかに気が付いたようでぱちぱちと目配せを寄越した。
 なんですかそれは、似合いませんよアンタ。

「なんです?」
「お前、此処付いてるぞ。ちゃんと拭いとけ」

 そう言って土方さんは自分の顎のあたりをとんとんと指差した。

「はあ?」

 意味を図りかねて、一体このひとは何がしたいんだと思って首を傾げてからふと気付く、そういえば先刻ほんの少しだけ飛んだ血(勿論私のではない)が付いた覚えがあった。
 拭いた筈なんだけど、分かりにくい箇所だし自分の顔なんて見えないから拭い損ねがあったらしい。物臭せずにちゃんと鏡を見るべきだったかもしれないけど、こんな場所で鏡を出すのも妙だものね。

 今度は鏡を出そうかと思ったけど、此処は薄暗いし、やっぱり場所が場所なので奇妙な気がする。
 仕方ないので、大体の感じで指先で示されたあたりをかしかしと擦ってみた。

「どう、落ちました?」
「あー、違うってもっとこっち」
「ああもう、面倒臭いなァ」


 どうも上手く土方さんの示す場所を拭えてないらしい。
 まどろっこしくて焦れた私を見かねたのか、土方さんが歩み寄ってくる。一瞬思案げな表情を見せてから、その大きな手を伸ばしてきた。
 指先が顎に触れて、そっと撫でられる。

 別におかしな事ではないと思う。
 だってこんなの昔はよくあったことなので。


「ほれ落ちた」
「あ、どーも」

 それ以上の言葉が出ないし言いようが無い。
 向こうもそれは同じなようで、土方さんは触れてた手を離すと、行き場の無いようにそのままがしがしと頭を掻いた。
 なんだろうこの、妙な違和感。


「…お前さ、折角見てくれ悪くないんだから少しは自分の事も構えば?」

 間が持たないのを誤魔化すみたいにぼやくように言ってから、土方さんはしくじった、みたいな表情をする。
 やめて欲しい、そういうのはなんだかこっちも調子が狂うから。



「なにそれ、急にキモイですよアンタ。つかセクハラ」


「人聞き悪いこと言うな。っていうか上司に向かってキモイってなんだコラ」
「スイマセン、生憎と嘘が吐けない性分なんで」
「軽やかに失礼だな。あー本当可愛くねえなあ、お前」
「いいです、今更アンタに可愛い呼ばわりされても虫唾が走りますから」
「…ああそうかい」




 いくらも減らない憎まれ口に土方さんは呆れ顔をしていたけれど、
 それでもさっき私の顔に触れた指先は、妙にぎごちなくて戸惑っているのが分かってしまったから


 指先から伝わった温度がどうにも居た堪れなくて、私は思わず俯いてしまった。










花と種子





2007.05.10






 いきなり初期設定土沖。
 性格のイメージが固まっていないので、どうにも難しい…。
 ノーマル組み合わせを意識したら、中途半端にラブちっくにしてしまいました(恥)