唐突に、とはいえどうしてそんなことをおもいついたのでしょうか。
 さて、それはじぶんでもわかりません。





擬似恋





 でも、常々不思議には思っていたんです。


 町に流れる流行りの音楽は大抵が恋の歌。
 テレビを付ければワイドショーは芸能人の色恋沙汰を追い掛け回してるし、黄金枠のドラマだって突き詰めりゃあ誰が好きだの嫌いだのっていう話が殆どだ。そういうのでは聞いてて突っ込み入れたくなるような、有り得ない位甘っちょろい台詞を役者が囁いてたりする。
 自分が好きなドラマはどちらかというと、嫁姑とかのドロドロ系が多いから、そうでもないけど。
 漫画や本だって、やっぱり恋愛物って奴が多数を占めているし。

 こうしてみると、世には俗に言う恋愛事が溢れ返っている。


 実に不思議

 溢れているということは、つまりそれはとても身近で重要なことで、皆が関心を示す物事だということになるのだろうか。
 裏返せば世の大半は平和だということなのだろう、そう思えば非常に結構なことですよええ。

 しかしやっぱり不思議でしょうがない、どうしてそんなに皆色恋事が好きなのだろう。
 自分からすれば、面倒な気がして仕方ないのだけど。
 これだけ日常レベルで蔓延しているということは、そうでもないのだろうか。


 そういえばうちの大将もそうだ。
 元々あの人は惚れっぽいようだけど、今は何処ぞのキャバクラ嬢に入れ込んでるらしい。
 法の番人の癖に、法スレスレの域で相手を四六時中追っかけ回している。よく訴えられないで済んでるとそっちに感心だ。
 屈強な大の男をいつも女の仕業とは思えない程に容赦なくボコボコにしているようだけど、そう思えば多少は温情がある相手なのかもしれない。
 其の見ようによっては情熱的な行動は実りがあるんだかないんだか。生傷だらけで金も半端なく掛かるようだし、どうにも不毛で傍から見ててどうなんだそれって思うけど、当人は必死だしあれでいて幸せそうだ。
 …疑問だ。
 あの人は好きだし尊敬しているけど、申し訳ないがその点は到底理解出来そうにない。



 自分は昔からあまり他人と深く関わらない方だった。

 そして進んで関わりたいとも思わない性質だった。昔はその性質の所為で姉をよく心配させたものだ。
 姉を心配させるのは本意ではなかったけど、そうそう性分なんて変えられる訳も無くて、だから江戸に来て一応はちゃんとした職についた現在も、自分の人付き合いのカテゴリーは恐ろしく狭い侭だ。殆どが衣食住職も共にしている隊士連中で埋まってしまう。年も近い奴なんて殆どいやしない、皆年上だ。
 そんなむさ苦しい男所帯で日々を過ごしそれなりに仕事に追われ、おまけに外に大した付き合いもないのだから、正直色恋もへったくれも無いと思う。

 というか、先に言ったとおりそれ以前の問題として、それだけ興味や執着をしめれる『他人』が自分にはいないのだ。他でもない近藤は別として。


 噛み砕いて言ってしまえば、自分は『恋』というものが分からない

 少なくとも世間一般の人間にとっては重要なことらしく、そういった感情がちゃんと存在しているものだということは分かる。
 だけれど具体的には理解しがたい、他人のことでそこまで頭をいっぱいになんて早々出来るものなのかって。それは『好き』という感情だとしても、これが自分が姉や近藤を慕ったり尊敬したりするものとは次元も種類も違うのだろうし。

 大体、見聞きする限りではどうも色恋沙汰の感情は、決してそんなに綺麗なだけのものではないように思える。
 もっと感情の正も負も合わさってドロドロと生々しくて、苦しかったり切なかったり、時に苦々しくてやりきれなくなったりするもの、な印象がある。随分と疲れる話だ。
 ああ昼メロとか結構そういうの多いよな。

 …どうなんだろうか、実際。
 こんな事をいきなり思い付いて考えてみたものの、色んなものから見たり聞いたりして感じたイメージの統合だ、合ってるか否かも自分には分からない。

 そう思うということは、きっと自分は世間一般でいう色恋事を知らないのだ
 別に知りたいとも思わないけど、今のところ


 でも、それに近いものは知っているな、と俄かに思う。


 嫌だけど随分と前から頭の奥底にその存在がべったり張り付いてて、何年も経った今もどうあっても離れる気配が無い。
 その対象について考えるとムカムカするし憎らしいし、冗談抜きで殺意に等しい気分を抱くのもしばしばだ。その為、実行だってしょっ中している。
 その相手のことを思うと、少なくとも決して心穏やかでは居られないのに。

 それでも考えずにはいられない。
 想わずにはいられない。

 腹立たしいけど、もしかしたらそれは似ているのかもしれない。
 いや勿論、少女漫画みたいな桃色の幸福感というものとは間逆で、程遠いものだけれど。


 でもいま自分が持っている感情のなかでは、いちばん








「土方さん」


 隣で煙草を吹かしながらテレビを眺める相手の名前を呼んでみる。
 いつもながら、こちらを見たその目は相変わらず瞳孔開き気味で本当に極悪面だった、警察なのに。

 その目を見ながらぱりり、と小気味良い音を立てて煎餅を齧る。
 そしてひとこと。




「俺、アンタのことが好きなんでしょうか?」



 特に深く考えて口にした言葉ではなかったと思う。
 だからなのか、違うのか、妙にすんなり口をついて出たのには自分でも少し驚きは、した。
 ただ頭を掠めてたばらばらの符号や単語を、まとめて、音に乗せて出してみただけなのだけれど。



「ねえ、どう思います?」


 それを投げかけられた相手は、端正な顔には不釣合いなくらいの間の抜けた、それでいて当惑した表情をするので、ああこれは珍しいし面白いなと思った。





 (あたらしいいやがらせとしていいかもしれない)






2007.05.12








冬に行ったアンケート結果を反映させて頂き(その節は有難うございました!)、
たまには明るめで、きちんとラブい土沖っぽく!ぽく!
とかひたすら意識していた筈なんですが色々無理でした、という話。
(つうか原型も残ってない…!)
人間向き不向きはあるよね、とかもう…。

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