ある日の真選組屯所。

 普段と何ら変わりない筈のその場所で、ただひとつだけ、いつもと違った事が起きていた。




「良かった!うん、よく似合うぞ」
「そうですか?可笑しくありません?」
「いいや、全然そんなことないぞ」


 真選組局長である近藤は、一番隊隊長の沖田の姿を見て酷く上機嫌だった。
 隊長格の幹部でありながら真選組唯一の女隊士でもある沖田は、今日は非番である。

 その沖田の本日の出で立ちは、いつも非番の日に身に着けてる飾り気のまるで無い袴姿ではなく、華やかな女物の着物を見に付けていた。
 これは先日の彼女の誕生日に、近藤が直々に沖田の為に誂えて贈った物だ。
 いつもと違う沖田の姿に目尻をすっかり下げた近藤は、凄く綺麗だぞなあトシもそう思うよな、なんて話を振ってくる始末だ。
 対象的に傍らの土方はどちらにどう反応したらいいか対処に困っているというのに。

「ああ、まあいいんじゃね?」
「なんだ、つまらない奴だな」

 素っ気無い反応に不満げな近藤を尻目に、土方は内心勘弁してくれと切実に思わずにはいられない。
 普段自分に女扱いされる事を好まない(らしい)沖田が、普通の若い娘らしく着飾った格好をするなんて、正直土方には意外だし慣れてないしで心底対応に困るところなのだ。
 だが近藤にとっては喜ぶべきところらしく、正に御満悦といった体だ。稀にしかない事だから尚更なのか。このあたりに沖田がまだ幼い頃から見知っているというほぼ同じ境遇でありながらの、でも確実な意識の違いを自覚させられる。


 その上、近藤は昔から沖田に甘い。

 その示す情は門下の一人、というよりは年の離れた妹か、下手したら娘といった方が近い。しかも沖田が沖田だから、あまり表立ってはいないが実は溺愛系だ。
 もし沖田に恋人と言えるような存在が出来ようものなら、相手の男のところに怒鳴り込んで行きかねない。そして目出度く祝言の儀なんて事になった日には確実に式で号泣する。そういう域だ。

 今回の事にしても


 今度の沖田の誕生日に余所行きの綺麗な着物を贈りたい。


 先日話がある、と改まって呼ばれ、その上神妙な顔をしているものだから、一体何事かと思えばそんな話だった。
 『あの子ももう年頃なんだから、綺麗な着物の一枚くらいは持たしてやりたいじゃないか』、なんて。目を細めてそう言う様は、本当に親以外の何者でもなかった、まだ近藤は立派な独り身だというのに。
 沖田が子供だった昔ならともかく、真選組という今の組織に組する形となってからは、近藤のそんな面も他隊士の手前もあってか形を潜めていた筈なのだが、決して消えていた訳ではなかったらしい。

(それにしたって、なあ)

 土方はやれやれと内心で溜息を吐く。
 近藤の案は、確かに普通の娘なら喜ぶところかもしれないが、相手は沖田なのだ。
 実際、そんな物を贈るならば、新しい刀でも新調してやった方が余程喜ぶのではないだろうかと思ったものだ。
 色眼鏡というか欲目というか、色々近藤は見誤っているのではないのかと思わずにはいられない。敢えて何とは追求して考えはしないが。






 一旦近藤が席を外すと、その場には土方と沖田の二人だけが残された。

 正確には先程迄は近藤が行く先々で吹聴したのだろう、野次馬根性丸出しの隊士連中が引っ切り無しに仕事をそっちのけで群がって来ていた。
 尤も、土方が口を出す前に見世物じゃない!と沖田自身が鋭く一喝したので、皆蜘蛛の子を散らすように逃げていったのだが。
 その様子を見て土方は少しばかり安堵した、どんな格好をしようと中身はやはり沖田だ。


「どーすんの今日、これから」
「近藤さんが、折角だから甘味でも食べに行こうって。自分だけ隊服だと目立つから着替えてくるそーです」
「…あのオッサン」

 完璧に舞い上がってる。

 沖田の非番に合わせて自分の休みの時間枠を確保していたのはその為か。
 真選組の局長とも在ろう者が、今はただの親馬鹿でしかない。いや、傍目には兄妹親子ならまだいいが、下手したら若い娘に現を抜かす中年親父にしか見えない。
 つい土方は自分の銀髪頭を抱え込みたくなる。
 全く、ひどい頭痛がしそうだ。

 今度こそちいさく嘆息を漏らすと、改めて傍らの沖田に目をやる。


 華々しい着物を身に着け、髪を結い薄らと化粧を施した沖田は、身内の欲目や世辞を抜きに美しいと言って差し支えないだろう。
 先刻、その姿を見た永倉などは、ぽかんと口を開けたまま次の言葉が出てこない有様だったし、驚きか照れ隠しか『馬子にも衣装』などと口走って、強烈な一撃を食らっていたのは原田だったろうか。

「なに?」

 土方の視線に気付いた沖田は、顔を向けた。いつもと違った着飾った格好とは裏腹に、そこにはいつもと同じで愛想笑いのひとつも浮んではいない。

「いや…、てっきりお前はそういうの嫌がるかと思ってたよ」
「ああだって、折角近藤さんが買ってくれたんですから。まさか一度も袖を通さない訳にもいかないでしょう」

 土方の言葉にそう応えると、沖田はくるりと踵を返す。軽やかな動きでふわりと蜂蜜のような色の髪と、艶やかな袂の模様が舞った。
 その動きに合わせてしゃらんと微かな音が鳴る、恐らく簪の飾りと飾りが触れ合った音だろう。

「それに、近藤さんが選んだ割に趣味がいいですし、此れ」
「ああ、そう。そりゃよかった…」

 さりげなく失礼な事を言いながら、沖田はゆうるりと袂を上げる。
 青みがかった紫地に咲く白い小花、周囲に舞う蝶の柄。
 近藤には口止めしたが、実はこの着物を選んだのは土方だ。というか、買いに行くのを付き合わされた上に、どうもちぐはぐな近藤の選択を見かねて、思わず横から口を出していたら結果的に選ぶ形になっていた、というのが正しい。
 つまり沖田の言葉は間接的に土方が褒められた事になるのだが、それが逆になんとも落ち付けない気分を誘う。その上まるでこちらの心中を見透かしたかのように沖田が愉しそうな笑みを浮かべるので余計にだ。

 土方が落ち付けない侭視線をさ迷わせると、沖田の横には着物と揃いで贈った真新しい小さな外出用の巾着袋の他に、見慣れた物が鎮座しているのが目に入った。
 沖田愛用の濃紫の傘だ。


「傘、持ってくのか」
「ええ」

 だって丸腰で出歩くのは落ち着かないもの近藤さんが一緒なら尚更、と沖田はさらりとまるで唄うような調子で言ってのける。
 沖田愛用のその傘はただの傘ではなく、立派な武器だ。だから沖田は天候に関係無く、常に此れを持ち歩く。
 今日も空には雲ひとつ見えない快晴なのに。



「ね、土方さん。さっきの、ですけど」


 名前を呼ぶ声に目をやると、沖田は真っ直ぐな目で土方と視線を合わせた。
 其の侭沖田は手を伸ばし、傍らの傘の柄を掴む。ほっそりとして透ける様に白い手に持たれる其れは、とてもそんな危険な武器には見えはしないのだけど。

 普段は一隊士としての務めを果たす為、そして何より近藤を護る為にと使われている、武器。
 着飾った年相応の娘らしい姿と、その武器が酷くアンバランスに思えて、ああそんなものは今更だと緩く頭を振り土方はその思いを打ち消す。


「別に嫌な訳じゃないですよ。ただ、私にはこういうことよりもずっと大事で、ずっとやりたいことがある。それだけのことです」


 再度こちらの想いなど全てお見通しのようにそう言って、くるくると物騒な傘を掌で回しながら、沖田は滅多に見せない柔らかな笑みを零す。


 口には決して出さなかったけれど、その笑みは綺麗なものだと土方は素直に感じた。






 (目の前の少女は女である前に、自分達の同志であり、ひとりの隊士なのだ)








胡蝶と紅蜂





2007.05.21






女の子なんだから、綺麗な着物を着てもいいじゃない!という私の願望話。
初期の近沖でも、やっぱり沖田は近藤を慕ってればよいと思います。
マダオらしいけども(笑)。

タイトルは初期沖田のイメージ其の侭です。
蝶のように舞い蜂のように刺す!という(笑)