「土方さんてば、まぁだ拗ねてんですかぃ?」
「何も拗ねてねーよ。変な言い方すんな」


 部活後の疲労感はべったりと濃密だ。
 その疲労の所為もあって、帰り道殆ど口を開かずにいたら何か勘違いしたのか、横を歩いていた沖田が急に顔を覗き込むようにして見上げてきた。
 殆ど傾いた夕日が逆光になり、沖田の薄い栗茶の髪が光に透けて蜂蜜のような色に煌めいて眩しい。

「またまたァ。拗ねてますよ」
「だから違うって」

 沖田のぴょこんという擬音が聞こえてきそうな軽いフットワークに、今日一日同じようなカリキュラムをこなして来てどうしてそんなに気力が残ってるのだと土方は疑問に思う。
 いくらエネルギーの有り余ってる高校生男子といえども、最近になってようやっと慣れてきた新しい環境下では、溜まる疲労度もまた違う。
 なのですっかり疲弊した今日は、いつものように沖田を自転車の後部に乗せて走る気も起きず、だからと言って徒歩の沖田を置いていくのも気が引けて、結局土方は自分の自転車を引きながら歩いていたのだ。
 土方だって本来は体力に自信が無い訳では決してないのだが。とはいえ、今日は朝から体育もあったし部活の練習もハードだった。そういえば沖田は授業中寝てたし、疲れそうな体育なんかは要領良く適当にやっていた気もする。


「そもそも俺が何に拗ねなきゃなんねーんだよ」
「クラス替えの話。聞いた時スゲー嫌そうな顔してたじゃないですかィ、そっから」
「え、してたか?俺」
「ええかなり。てかアンタすぐ顔に出ますよね」


 沖田の言葉に思わず土方は片手で顔を抑える。
 一体どういう流れでそういう話になったかは覚えていない。
 ただ今日部活の先輩から、自分達の所属する高校にはクラス替えの前例や習慣がほぼ無いと聞いて、その時一瞬だけど酷く暗澹たる気分になったのだけは、確かだった。


「俺と三年間一緒のクラスで居れるなんて、感謝こそすれ、嫌がる理由なんざ何処にも無いと思いますけどねえ」
「自分で自分をそこまで言えるあたり、本当凄えよなお前」
「じゃあ土方さんは嫌なんだ?」
「誰もそうは言ってないだろ。俺が嫌なのは担任だ担任」
「銀八の旦那センセーが担任ならいいじゃないですかィ、別に」

 土方の言葉に、首を傾げ沖田はいよいよ分からない、といった顔をした。
 確かに、二人の担任教師である坂田銀八はあまり教師らしからぬ人物で、適当を絵に描いたようで掴み所も無い不可解な教師だが、それがかえって煩わしくなくて話も分かると、割と生徒には好かれていて人気もあるようだった。
 現にクラス替え制度の事を教えてくれた先輩も、『でもお前ら銀八だろ、なら楽そうでいいじゃん』と言っていたのだから。

 それに、沖田もそうだ。
 別に今迄特に学校や教師に対して反抗的とか反発しているという事はなかった、寧ろ無関心だったといってもいいのに、その沖田が銀八には関心を抱きおまけに気に入ってるようだ。
 いつのまにか『先生』ではなく『旦那』なんていう、一体何処で影響を受けてきたんだと突っ込みたくなる特有の呼称まで出来ている位。


「総悟さあ、お前なんでそんなに銀八のこと気に入ってるワケ?」
「えー?だって旦那って面白いし」
「面白い?不愉快なら分かるけどな」
「土方さんこそ、なんでそんなに旦那が気に食わないんですかィ」
「理由なんかねえよ、気に食わないモンは気に食わねぇだけだ」
「へーえ」

 土方の質問めいた言葉を特に否定もせず、愉快そうに笑いを零す沖田。

 沖田が誰かを『気に入ってる』なんていうこと。
 高校以前からの付き合いで大体の事は知ってたつもりだが、土方の知る限りではそんなことはいままで無かったのだ。
 教師以外にだって、『他人』に関心を示す事が極端に少ない沖田にとって、銀八は何か違う人物なのか。
 それが分かるようで分からないようで、それもまたスッキリしなくて嫌な気分にさせる。

 カラカラと自転車のタイヤが回る音が妙に耳に付いた。
 乗ってる時はいいが、引いて歩くとなると朝は快適迅速な交通手段も、ただの巨大な荷物にしかならないと頭の隅で思う。


「折角新しい名前まで命名して貰ったのに、多串君は気難しいお年頃なんですねィ」
「誰が多串君だ。大体んな事俺は頼んでねえ!」


 銀八には入学数日にして、『多串』なんて字数しか合ってないような呼び方をされて、しかもそれが既に定着してしまっていた。
 考えてみればそれだけで充分嫌になる素養はあるじゃないかと、土方は内心毒吐いた。
 だからと言って、今更呼び方を訂正された位でこの感情は改善されるとも思えなかったが。




「あ、もひとつありやしたぜ、銀八の旦那が気に入ってる理由」
「あん?」

「ひじかたさんが、旦那のこと気に入らないみたいだから」




 だから俺ァ旦那のこと好きですねィ、と。
 にまにまと笑ってそういう沖田に、いっぺん泣かしてやろうかこいつ、と半ば本気で苦々しく土方は思った。







アセスメントの法則




2007.05.23








3Z設定土沖、一年生時話(ややこしい)。
捏造激しく、オフ本での設定と同様ナチュラルに幼馴染でもあります。
初心に戻ってありがちお約束小ネタ。
土沖→銀って構図が大好物だったりします。