「なー山崎ィ、コレなに?」
真選組一番隊隊長、沖田総悟。
猛者揃いの組の中で斬り込み隊長を務めながらも、彼はまだ少年の歳の頃である。
年相応な面立ちとひよこのような色の頭髪が特徴的な彼は、押入れに突っ込んでいた頭を上げて振り向くと手にした物を部屋の主に向かってひらりと翳した。
「それは女性の化粧道具ですよ。こう…目の際に色を入れるのに使うんです」
「ふーん、ヘンなの」
「ちょっとォォ、頼みますからあんま引っ掻き回さないで下さいよ」
悲痛な山崎の声など全く聞こえてないとでも言うように、沖田は今まで手にしていた物を無造作に放りまた別の場所をごそごそと漁っては適当に取り出している。
その様子はまるで目新しい玩具でとっかえひっかえ遊ぶ子供だ。しかも物凄く飽きっぽい。
「お前の部屋、可笑しなモンばっかあって面白えなあ」
「可笑しな物じゃなくてこれは全部俺の仕事道具です」
「わ、なんだこれ見た事ねえ形してらァ」
全く聞いちゃいない。
山崎に限らず監察方は皆仕事柄物持ちだ。
あらゆる任務に対して迅速に対応出来るように様々な物を持っている。それは普通の人間には終ぞ縁の無さそうな物も多々あったりするので、この少年に取ってはまさにこの部屋は格好の暇潰しの場なのだろう。先程からあちらこちらを漁る手は忙しなく、酷く楽しそうだ。
実際彼の周りは今まで好き勝手に引っ掻き回したあらゆる物でごちゃごちゃと乱雑に散らかっている。これは後で片付けが大変だと山崎は沈痛な溜息を零した。
「お言葉ですが沖田隊長。何か特別に此処に御用な訳じゃないですよね」
「いんや、なにも。全然」
「…」
あっさりと返された言葉にもう一度溜息。
悪びれ無いその態度を見れば諦めの気分でお願いですから壊さないで下さいね、としか言い様が無かった。曲がりなりにもこの少年は自分よりも格上の上司だったりするので。
沖田は隊服姿のところを見ると恐らく今日は普通に隊務の筈で。つまり此処にはただサボりがてら暇を潰しに来たのだろう。どうせそんな事だとは思ったが、行き成り訪れてこの所業。相変わらずこの年下の上司は相手の都合などちっとも省みないようだ。
もともと自分はそういうキャラじゃないと痛いほど自覚してはいるが、彼は一応年長者の自分に対して遠慮とかそういう念は欠片程も抱いていないらしい。いや、それは自分に限った事でもないのかもしれないが。
彼は局長の近藤を除けば(時には近藤に対してさえも)大抵誰に対してだろうと何時でも傍若無人でやりたい放題言いたい放題の態度を取って憚らない。それは他の隊士に鬼副長と評されて恐れられる土方に対してでも微塵も変わらないのだ。
ある意味、敵無しである。
「此処静かでいいよなァ。あんま人来ねーし」
「そりゃまあ、監察方の部屋は基本立ち入り禁止ですからね」
山崎はやれやれと先程放り投げられた着物を畳みながら応える。放っておいて皺になったら後が面倒だ。
監察方は極秘任務に就く事が多い。
敵方に留まらず時には仲間内の情報ですら探らねばならないような事も少なくない。故に時には煙たがられもする職ではあるのだがー。その為平隊士とはいえ監察方隊士達の部屋はやや離れた位置に取られていたし、例え仲間内であろうともその中には濫りに他者を入れるべきではないという暗黙の了解がある。
隊長格の沖田がそれを知らない訳はなかろうに、いやだからこそ来たのだろう。滅多に人が来ないからこそ静かだし、他の者に見咎められる事も少ない。
確かに沖田なら真選組、というより近藤の不利益になるような事は決してしないだろうからあまり警戒をする必要もないのだろうけれど、それにしても。
「って、アンタ何寝ようとしてるんですか」
「何って昼寝」
人の部屋で散々好き勝手した挙句飽きたと言わんばかりに、散らかした物を適当に払い除けてさっさと場所を確保し、彼は寝の体勢に入ろうとしている。
何処から出したのか、用意周到に御馴染みのアイマスクまで取り出していた。
「勘弁して下さいよ。沖田さんこれから見回り当番でしょう」
「うん、土方さんと」
「ええええー!ちょっ、本当勘弁して下さいよ。それシカトして此処で油売ってたってバレたら後で何されるか分からないじゃないですか」
しかもこの場合どちらかといえば沖田ではなく山崎が、である。
沖田は土方に小言を言われる事など全く意に介していないし、それは何時もの事だ。はっきり言えば彼は土方を舐めきっている部分が多々あると思う。なまじ沖田には心技共に土方に対抗できるだけのあらゆる手段があるから余計にだろう。
だから彼は良いのだろうが山崎は別だ。みすみす沖田を自室で(しかも立ち入り不問の筈の)サボるのを放っておいたとなれば何を言われるか分かったものではない。というより、また鉄拳のひとつやふたつ確実に食らうのは目に見えている。
大体自分がいくら何を言ったとしても、この沖田が聞くわけないと土方とてそんなことは重々分かっているに違いないのにだ。最早只の八つ当たりに近い。
これだけ部屋を引っ掻き回された上にそれでは全く持って理不尽な話である。
「なんでぇ、土方さんにどやされる位どってことねーだろィ」
「そんな事が言えるのは俺の知る限り貴方くらいです」
「だってお前土方さんにボコられんの慣れてんじゃん」
「なんつーこと言うんですか。慣れてませんよ!てかボコられるの前提ですか!メッチャ不本意なんですけどソレ」
山崎の必死の反論に、沖田は違うのかィ?と小首を傾げる。きっぱりと違いますと返すと彼はふーんと鼻を鳴らした。
それからふと何かを思いついたように己の隊服のポケットをごそごそを弄る。
「しょうがねえなあ、ホラこれやるから我慢しろや」
そう言って何かを山崎の掌に押し付ける。
手の中を見れば、正体はなんてことない駄菓子の飴玉だった。しかし彼は奮発して大玉だぜィ、とか偉そうに言っている。
子供じゃあるまいし、大の大人がこんなもので買収されるわけはなかろうに。
「…三十分だけ、ですよ」
しょうがないはこっちの台詞ですよとか、我慢って何をですかとか。
言うべきことは山程あったに違いないのに、こちらを見てニッと笑う少年の顔を見たらついそう言ってしまった。
絶対後々損を蒙ると、嫌に成る程分かっていてもどうも自分はこの少年には強く出れない。つくづく損な性分だ。寧ろ彼は其れを分かっているからこそこうするのか。
今日とてどうせこうしていたのは直ぐにバレて、またきっと自分は土方に怒鳴られた上、こいつを甘やかすなとかなんとか言われるに違いないのだ(人の事は言えない癖に)。
傷薬を用意しておかないと、と後を思い山崎は今日何度目かの溜息を吐いた。
子供の隠れ処
2007.11.07
久々の山沖もどき。
どうも沖田は部下でも年長者にはさん付けでそれなりの態度も取ったりするようなのに
なんで山崎にはああなんだろうとか、ちょっと妄想してみました。