「お前、何か欲しいもん無いのか?」
 
 
 巡回途中に立ち寄った食事処は蒸し暑い外とは対称的に冷房が効いて肌寒さを感じる程である。そんな中土方は食後の一服に火を点けながら、目の前で未だ食事中の薄茶頭に問い掛けた。
 その問いに忙しなく動いていた箸が止まり、相手は顔を上げる。土方を見詰めてくる顔には実に怪訝そうな表情が浮かんでいた。
 
「何ですかィ急に」
 
 一拍の間を置き、口の中の物を咀嚼し嚥下した後出てきた言葉からも、表情と同じく訝しげな色が滲んでいる。
 隠す気も毛頭無いらしい其れらに内心舌打をする。極力さりげなさを装って訊ねたつもりだったのだが、あまり効力は無かったらしい。
 
「何は無えだろ。お前今度誕生日だろ」
 
「ああ」
 
 反応に憮然として言うと、そういえばそうみたいですね、と沖田は今言われてはじめて思い出したと言わんばかりに他人事で淡白な反応である。
 
「そうみたいって、自分の事だろ」
 
「まあそうですけど、だからって別に何も」
 
 呆れ半分に言えば、向こうはばっさりと切り捨てて終わる。これでは会話にすら成らない。確かにあと数年で成人で、いい加減誕生日ではしゃぐ年でも無いのかもしれないが、もうちょっと可愛げのある反応は出来ないのかと苦く思う。全てにおいて今更ではあるが。
 
「それで急にんな柄でもない事言い出したんですかィ?」
 
 そいつはお気遣いどうもと全く心にも無さそうな台詞を言うと、沖田はまた箸を動かすのを再開した。
 相手の態度に溜息混じりに紫煙を吐き出す。会話未満で断ち切られてしまい、煙を吹かす以外特にする事も無くなってしまう。仕方なしに改めて目の前の彼の所作を眺めていると、きちんとした箸の使い方をしているのが映る。
 沖田の日頃の傍若無人な立ち振る舞いを思えば、その整った動きは意外なように感じるが、彼の姉はそういう躾には割合厳しかったと思い出す。
 沖田と良く似た容貌でありながらも中身は対称的にしとやかで柔らかな物腰の彼女は、弟にはどちらかと言えば甘かったが、それでもこういう事には厳しかった。今思えばそれは将来弟が他所で恥ずかしい思いをする事が無いようにという心からだったのだろう。弟の沖田のみならず、土方や近藤も彼女に厳しい指摘を受けた覚えがあった。
 懐かしい記憶を思い出すのと共に、不意に胸に感じた微かに痺れるような感覚を振り払うように、土方はひとつ咳ばらいをした。
 
「俺じゃなくて近藤さんが言ってたし、気にしてたんだよ」
 
 思わず親友の名前を口にすると、沖田は無言の侭だが、きょろりと赤みを帯びた瞳が動いたのが分かった。無意識なのかくるりと動く目は殊更丸みを帯びて映り、元々幼い造りの顔が余計に幼く見える。その癖表情は殆ど動かないのだから、酷く不釣り合いで不安定な印象を受けた。
 昔はそれなりに子供らしく、くるくると表情を動かしていたように思うのだが、一体何時からこうなったのだろうか。
 
「折角の誕生日、何欲しいかお前に訊いても、別に何もしなくていいですなんて言うから寂しいとか零してたぞ」
「はァ」
 
 数日前、その零した親友に「たまにはトシからも聞いてみてくれよ」と半ば泣き付かれて試しに聞いてみたのだが、考えてみれば近藤相手にもまともに答えない事に、土方相手で答える訳も無いと内心嘆息する。
 そもそもこんな事を訊くのは自分の柄じゃないと土方自身自覚していた。ましてこの普段から手を焼かされている部下相手になど、柄じゃ無さ過ぎて滑稽にすら思えてくる始末だ。
 
「折角近藤さんがああ言ってんだし、何か言ってやれよ。あの人はこういうの好きな性分だしな」
 
 返答も相槌も無い為、一方的に土方が話す形になる。
 その間も沖田は目の前で黙々と箸を進めていた。表情も碌に動かない侭なので、土方の言葉をまともに聞いているのか、口にしている物を美味いと感じているのかどうかもさっぱり読めない。
 相手の皿を見ると、流石に粗方食べ終えたようだ。最後にぱりりと小気味良い音を立てて漬物を食む音がした。
 
「近藤さんの気持ちは有難ェですけど、何でそんなに必死なんですかね」 
 
 沖田は箸を置き、別に誕生日なんか誰でも年一であるのにと呟いた。表情は相変わらず平坦だが、気の所為か先程よりは口調が軟化しているように思う。
 近藤はこの年若い部下には概ね甘いのだが、又沖田も近藤には弱いのである。
 
「近藤さんからしたらお前はまた別格なんだろ。小っちぇえ頃から面倒見てきたんだから、感慨とか思い入れの度合いが他の奴とは違うんだよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ。大体こんな風に言ってくるのもあと何年もすれば無くなるだろ。今のうちだけだなんだから、役得だとでも思って、精々言いたい事言ってやれよ」
 
 そうは言いつつも、近藤の事だから沖田が成人しても今の調子と大差無い可能性は充分あるが、それは敢えて言わないでおく事にした。
 
「じゃあ、まあ、考えときます」
 
 そう言った沖田は変わらず淡々とした調子だが、それでも応と応えた事にほっとする。一応これで御役御免か。
 短くなった手元の煙草を灰皿に押し付けて揉み消す。今から二本目に火を点けるか否か、懐に手を伸ばしつつも迷っていると、ねえとぽつりと独り言のような呟きが聞こえた。
 
「俺の誕生日」
「ん?」
「アンタは何かくれねェの?」
 
 咄嗟に、ぽつりと漏らされた言葉が自分に向けられたとは思えず、土方が視線を遣ると、温い茶を啜っていた沖田が丸っこい眼でこちらを見ていた。
 
「何だ?何か欲しいもんあるのか」
 
 沖田の言葉が意外に感じて、考えるより先に思わず聞き返していた。見詰める紅く丸い眼はまるで硝子細工のようで、懐かしいビー玉を連想させる。
 
「珍しい、くれるんですかィ?」
 
 自分から尋ねておいて逆に意外そうに聞き返された。そんなに自分は狭量に見えるのかと思いつつ、副長の座以外なら考える、と念の為に釘を刺した。
 案の定不満そうな声が上がったが、これは決して自分の所為ではないと思う。
 
「どうでもいい所で期待を裏切ら無ェのな、お前」
「だって、欲しい物って訊いたじゃ無いですか」
 
 なんだつまんねえの、と拗ねた子供のように口を尖らせてぼやく。一瞬、子供染みたその表情に可愛げがあるように思えてしまうあたり、自分も絆されてるのだろうか。
 
「まあいいです。アンタからお零れみたいに貰うなんて気分悪ィし、分捕ってこそ価値がある気がするし」
「何薄本人の前でら寒い事言ってやがる」
「俺は今後の抱負を自らに再確認しただけですよ。あんま細かい事気にしてるとますます禿げますぜ」
「誰がだ。今も禿げてねえしこれからも禿げる予定はねえよ」
 
 土方の抗議などまるで聞いてない上、更にやっぱケチだ等とまるで可愛くない事を追加で言われ、先程の思考を直ぐ様打ち消した。矢張り全く可愛く無い。
 
「別に何もやらないとは言って無いだろ、もっと別のにしろ」
「別のって?」
「普通に無理がない範疇でもっと何かあるだろ」 
「アンタの普通って基準がさっぱり分かりやせん」 
 
 相変わらず減らず口を叩くが、実際土方の言わんとしてる事は最初から分かって言ってるのだろう。仕方無えなあと些か偉そうに口にしながら愉快そうにきょろりと大きな瞳が動き、忙しなく二、三度瞬かせると土方を見遣る。
 
「じゃあ土方さん」
「ああ、何か思いついたか?」
「アンタ、俺のもんになってくれやすか?」
「は?何つった」
「くれるんじゃないんですかィ」
 
 聞き間違いかと沖田を見れば、じっと沖田は土方を見ている。射竦められるような錯覚で、一瞬ひやりとなにかが駆け巡ったように思える。
 驚きというよりも呆気に取られたのが表情に出てしまったのか、直ぐに沖田の眼から真摯な色は消え、代わりに冗談ですよと可笑しそうに笑みを漏らした。
 
「冗談?」
「ええ勿論。アンタ何言っても直ぐ本気にするから面白えや。案外単純ですよね」
「お前なあ、あんま人をおちょくるんじゃねーよ」
「別にそんな気はありませんよ、ちょっとしか」
「ちょっとって事はあるんじゃねーか」
「いいじゃねーですかちょっと位、アンタ本当糞真面目だなァ。今時ユーモアの一つも無いと駄目ですぜ」
 
 土方の反応と言葉が可笑しいのか、沖田はけらけら笑っている。何時ものからかい半分の発言かと、怒るより先に気が抜けた。
 
「全く、つまんねー冗談言うなよ」
「冗談だから言えるんですよ。だってアンタは近藤さんのなんだから」
 
 未だ唇の端に笑みを残した侭、沖田は土方を見詰めている。思惑の読めない眼と言葉に、土方は何を言えば良いのか戸惑った。
 
 
「アンタの大義も命も、ぜーんぶなにもかもが。あの人の為に在る、そうでしょう?」
 
 俺とおんなじだと言う沖田の声は何時もと変わらず、決して大きくもなかった。なのに、昼時の賑わう店内でもその言葉はやけにはっきりと耳に届く。
 
「総悟?」

「嫌だなァ、そんな驚いた顔しないで下せェよ、俺の取り分なんて何処にも無い事位ずっと前から知ってまさ。それに、近藤さんから分捕ろうなんて、流石に俺もそんな大それた事思えませんしね」
 
 
 ほんの僅かの間、別世界の話を聞いているように酷く現実味の感じられないでいたが、沖田のそろそろ出ましょうぜと促す声に我に返る。 
 先程の言葉等無かったかのように、何時もと変わらぬ調子でお勘定宜しくお願いしますとちゃっかり伝票を纏めて放って寄越す。最後に残っていたらしい茶を飲み干した後、土方の意向など介さぬ様子で立ち上がった。
 さっさと出口へ向かう後ろ姿を、慌てて伝票を掴んで後を追う。すると出口で足を止めた沖田が、不意にくるりと此方を振り向いた。
 
   
「でも折角土方さんが珍しい事言ってるんだから、誕生日は別の何かを考えさせて貰いまさァ。俺にも手の届く無理無いやつを、なにか」
 
   にっと笑い、覚悟しといて下せェと言うと 、ひとり先に外へ出ていく。
 出て行く扉から射し込んだ夏の陽に照らされて、蜜色に煌いた沖田の髪が、やけに土方の目に焼き付いていた。
 
 
 
 



『ほしいもの、ひとつ』




2010.08.19







沖誕用に!とたまには誕生日にちなんだ話、と思った筈でした(過去形)
土沖人間ですが、土→沖よりも土←沖のが個人的にしっくりきます。